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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)408号 判決

控訴人(第三九五号事件・附帯被控訴人) 安井文三

控訴人(第四〇八号事件) 中川竜次 外一名

被控訴人(附帯控訴人) 斎藤直 外三名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴人安井文三は被控訴人らに対し昭和四六年一月一日から原判決別紙物件目録(四)の土地明渡済まで一か月金四五〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

三  当審訴訟費用は控訴人らの負担とする。

四  この判決の主文第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴人らはそれぞれ「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、控訴人安井はさらに附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人らは、主文同旨の判決(主文第二項は附帯控訴に基く請求)及び仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に訂正付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏一〇行目「郵便により」の次に「借地権の無断譲渡を理由として」を加え、五枚目表二行目「本件紛争が始つて以来引受参加人より」を「控訴人安井から昭和四六年一月分以降の」に、六枚目裏初行「物件」を「物件目録」にそれぞれ改め、同六行目「明渡」の次に「及び昭和四六年一月一日以降右明渡済に至るまで一か月四五〇〇円の割合による賃料あるいは同相当損害金の支払」を加える。

二  八枚目裏二・三行目「買取る旨」を「買取るべき旨」に改め、同四行目「意思表示した。」の次に「右時点における本件建物の時価は三三八万円である(控訴人安井の主張)。」を加える。

三  九枚目裏初行「認否」の次に「・反論・再抗弁」を加え、同一〇行目「本件紛争が始つて以来引受参加人より」を「控訴人安井から昭和四六年一月分以降の」に改める。

一〇枚目表三行目の次に次のとおり加える。

「4 控訴人安井が本件建物の所有名義を回復したのは昭和四七年七月一一日であつて、同控訴人は、借地権の無断譲渡を理由として土地賃貸借契約が解除された(請求原因3(二))以後に地上建物を取得したにすぎない。

仮に右解除が認められないとしても、請求原因5(一)、(二)のとおり買取請求権の行使前の昭和四七年九月六日あるいは昭和四八年六月二一日に本件土地賃貸借契約は解除された。

よつて、いずれにしても、控訴人安井は本件建物の買取請求権を有しない。

5 仮に、控訴人安井の本件建物の買取請求権が認められるとしても、

(一)  敷金関係は、新賃貸人に当然承継されるところ、本件建物の借家人である控訴人中川は四〇〇万円(但し、「五年間消却二割」の特約により、昭和五一年二月末日の経過後は、還付されるべき金額三二〇万円)、控訴人関口は一二万円の敷金をそれぞれ差入れているから、本件建物の買取価格は、その時価が三三八万円であるとしても、右各敷金相当額を控除すべきである。

(二)  本件建物には左のとおりの登記がなされている。

(1)  東京法務局北出張所昭和四五年八月五日受付第二五八八二号をもつて申相泰のためなされた同日付売買予約による所有権移転請求権仮登記(同出張所昭和四五年一二月三日受付第四〇六二九号をもつて韓斗玉が同年一〇月一日譲渡を受けている)

(2)  同出張所昭和四五年九月一四日受付第三〇七四四号をもつて黄泰裕のためなされた同月一一日停止条件付代物弁済契約(条件同日金銭消費貸借の債務の不履行)による停止条件付所有権移転の仮登記(同出張所昭和四七年一二月二二日受付第四八五三三号をもつて姜夏子が同月二〇日譲渡を受けている)

(3)  同出張所昭和五二年三月九日受付第六六一三号をもつて東京都のためなされた租税滞納処分による差押の登記

(4)  同出張所昭和五四年四月二五日受付第一六〇四一号をもつて東京都のためなされた租税滞納処分による参加差押の登記

(5)  同出張所昭和四五年八月五日受付第二五八八一号、同第二五八八三号をもつて申相泰のためなされた抵当権設定仮登記(同出張所昭和四五年一一月三日受付第四〇六二八号をもつて韓斗玉が債権譲渡を受けている。)、停止条件付賃借権設定仮登記

(6)  同出張所昭和四五年九月一四日受付第三〇七四三号、同第三〇七四五号をもつて黄泰裕のためなされた抵当権設定仮登記、停止条件付賃借権設定仮登記(同出張所昭和四七年一二月二二日受付第四八五三二号、同第四八五三四号をもつて姜夏子がいずれも譲渡を受けている)

(7)  同出張所昭和四五年九月一八日受付第三一二六五号、同第三一二六七号をもつて韓斗玉のためなされた抵当権設定仮登記、停止条件付賃借権設定仮登記

従つて、被控訴人が控訴人安井から本件建物の所有権を取得しても、売買予約完結の意思表示、停止条件付代物弁済契約における条件成就、租税滞納処分等により本件建物所有権を失うに至るおそれがあるので、このような場合、土地賃貸人は民法五七六条により将来建物の所有権を喪失するおそれがなくなるときまで買取代金全部の支払を拒むことができる。また本件建物には抵当権設定の仮登記がなされているが、該仮登記にもとづき抵当権の設定登記がなされた場合には、民法五七七条により被控訴人は滌除の手続を終るまで代金の支払を拒むことができる。

従つて、控訴人安井の「売買代金の支払があるまで本件土地の明渡を拒む」との主張(抗弁1(二))は失当である。

五  控訴人中川、同関口の主張(四に対して)

敷金関係は、5(一)のとおりである。」

四  証拠〈省略〉

理由

当裁判所は、被控訴人らの請求(当審追加分を含む。)はいずれも正当として認容すべきものと判断するものであつて、その理由は次に訂正付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一〇枚目裏七行目「属すること、」の次に「控訴人安井が本件建物の所有者として本件土地を占有していること、」を、同末行末尾に「当審証人西市治の証言により成立を認める甲第一一号証と右証言によれば、右契約に基く賃料額は、昭和四五年九月頃賃貸人たる被控訴人ら先代芳之助と賃借人たる控訴人安井との合意により同月分以降月額四五〇〇円(坪当り一五〇円)と改められたことが認められる。」をそれぞれ加える。

二  一一枚目表三行目「争いがなく、」の次に「前掲甲第一一号証」を、一二枚目表五行目「関口新吉」の次に「を代表者とする有限会社関口肉店(右会社はいわゆる個人会社で実質上控訴人関口と同一視される。)」を、一三枚目表五行目「地位」の次に「(敷金返還債務を含む。)」をそれぞれ加える。同末行から同裏四行目までを「6 控訴人安井は、昭和四五年一一月頃の本件建物明渡後、昭和四七年六月二六日本件賃貸借解除の意思表示を受けるまでのおよそ一年八か月の間本件土地の賃料を全く支払わなかつたばかりでなく、これを提供し、あるいは供託した事実もないこと、」に改める。

三  一四枚目裏七行目から一五枚目表五行目までを次のとおりに改める。

「三 進んで、控訴人安井の買取請求権行使の効果について判断する。両控訴人が被控訴人らに対し、本件建物を時価相当額で買取るよう、昭和五〇年一月二八日原審の口頭弁論期日において意思表示したことは本件記録上明らかであるが、当裁判所は、右意思表示は借地法一〇条所定の買取請求としての効果を生じなかつたと考える。その理由は、次のとおりである。

前掲乙第五、第六号証、原審鑑定結果と弁論の全趣旨によれば、右買取請求の時点における本件建物の経済的価値は、建物自体の価格二七〇万円、場所的環境の対価二六八万円を合計して、五三八万円であること、控訴人中川、同関口は本件建物の一階部分をそれぞれ店舗として使用するものとして賃貸借契約をなしたものであり、控訴人中川は昭和四六年二月一六日の賃貸借契約(前記二の3)時に権利金五〇万円、敷金四〇〇万円(但し、五か年間消却二割なる特約付)を、控訴人関口は同年四月二三日本件(三)建物部分の賃貸借に関し権利金八〇万円、敷金一二万円をいずれも取下前被告に対し支払つたことが認められ(敷金の額及び消却特約については、被控訴人らと控訴人中川、同関口との間に争いがない。)、右事実からすれば、本件建物の買取請求のなされた昭和五〇年一月二八日現在において本件建物の各賃借部分につき控訴人中川、同関口(あるいは有限会社関口肉店)の有する借家権(敷金返還債権を含む。)の価格合計は、控訴人中川、同関口が昭和四六年に出捐した前記合計五四二万円を下回ることはないとみるべきであつてこれを左右すべき事情は認められない。控訴人安井は、買取請求の時点における建物の時価は三三八万円であると主張し、原審鑑定結果の結論部分はこれに符合するけれども、それは前記経済的価値から借家権相当額として二〇〇万円を控除した数額であるところ、控訴人中川、同関口(あるいは前記会社)の有する借家権の価格がそれぞれ一七五万円、二五万円であるとする前記鑑定結果は、権利金の授受のないことを前提とする点においてもこれを採りえない(右各借家関係は、借家法一条ノ二により長期間継続することが予定されるものであり、前期使用目的に照らしても、期間の経過により借家権の価格が逓滅するものではないとみるべきである。)から、右時価の主張は失当というほかない。

してみると、もし、前記買取請求権の行使が認められるものとすれば、土地賃貸人たる被控訴人らは、本件建物の所有権を取得すると同時に控訴人中川、同関口(あるいは前記会社)に対する本件建物の賃貸借につき賃貸人の地位(敷金返還債務を含む。)を承継するものであるから、本件建物の前示経済的価値五三八万円を超える、すくなくとも五四二万円に相当する借家権につき従前の賃貸人の有していた負担の引受を余儀なくされることになる。このような場合、買取請求権者が買取請求と同時に、敷金返還債務の移転といつた形式で進んで土地賃貸人にその差額を給付するならば格別、そうでない限り、土地賃貸人としては、右超過した負担を引受けた上、買取請求権者に右差額を求償して、清算しなくてはならぬこととなる。

ところで、本件においては、控訴人安井は元来の借地人であつたところ、取下前被告に本件建物を譲渡し、これに伴い借地権の無断譲渡が行われたものとして被控訴人から借地契約の解除の意思表示がなされて、その意思表示が同人に到達するや、早速に本件建物の所有名義を回復したものであり、本件で同控訴人が行使する建物買取請求権は、借地法一〇条の第三者にあたる取下前被告に発生した建物買取請求権を、建物所有名義回復に伴い、承継取得したものとみるべきである。そして、控訴人中川、同関口(あるいは前記会社)に対し、それぞれの占有する建物部分を賃貸ないし再賃貸して、前記権利金及び敷金を受領したのはこの取下前被告であつて、その時点は、控訴人安井への解除原因となつた同人から取下前被告への賃借権無断譲渡の時点以後なのである。

前記借家権の負担(控訴人関口については権利金等の授受による負担の増加)が、建物買取請求権行使の原因となつた無断譲渡のなされる前に発生している場合には、かりに前記のような超過負担の清算という事態に立至つても、求償は買取請求権者から更に、当初の借地人、すなわち土地賃貸人が一旦は継続的契約の相手方とした者、にまで遡りうるのであり、土地賃貸人としてもその不利益を買取請求の制度上予定されたものとして受忍すべきであろうが、この負担が無断譲渡以後に発生している場合、すなわち、無断譲受人が多大の権利金を得、敷金を預つた上で、借家人を入れた場合においては、求償の相手方は正に、土地賃貸人がその者との間では信頼関係を伴う継続的契約関係に立つを欲しないが故に借地権の譲渡を承諾しなかつたその当の譲受人となるのであつて、求償が奏功する期待もそれだけ減じる筋合であり、土地賃貸人にそのような負担をも受忍せしめることは酷に過ぎるのみならず、制度の本来予想するところでもないと解される。従つて、本件のように建物買取請求の結果土地賃貸人の引受けるべき借家権の負担が、借地権の無断譲渡以後、譲受人によつて発生ないし増加せしめられ、かつ、その負担の価格と建物の時価とを対比して前者の方が大きい場合には、特段の事情(例えば敷金返還債権の放棄など)がない限り、建物買取請求権の行使は許されず、行使の外見が存しても、法条の規定する形成的効果は発生しないものと解するのが相当である。

本件において買取請求権を行使している控訴人安井は、たまたま当初の借地人であつた者ではあるが、その買取請求権は無断譲受人である取下前被告から承継したに過ぎないこと、しかも、両者間では、土地賃貸人たる被控訴人からの超過負担清算のための求償が取下前被告に及ばぬよう前記のような内容の和解がなされていることは、前示のとおりであるが、この事情は、本件買取請求権行使の効果について右の理に従う必要を増しこそすれ、妨げるものではない。

よつて、控訴人安井の前記買取請求は、その余の点につき判断するまでもなく、その効果を生じなかつたものである。

三の二 前記のとおり被控訴人らと控訴人安井との間の本件土地賃貸借契約は終了し、同控訴人の本件建物買取請求はその効果を生じないから、同控訴人は被控訴人らに対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務があり、かつ、昭和四六年一月一日以降右契約解除まで月額四五〇〇円の賃料(供託はその要件を欠くので弁済の効力を生じない。)、同解除時以降本件土地明渡まで同額の損害金を支払うべき義務があるということができる。」

四  同八行目「否定された」を「否定され、本件建物の買取請求権の行使が許されない」に改める。

よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないので棄却し、被控訴人らの附帯控訴に基く追加請求も正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 井田友吉 高山晨)

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